ふるはしかずおの絵本ブログ3

『げたにばける』-「や、ごくろうだったのう」

新美南吉の幼年童話です。

 

     ・・・

おかあさんのたぬきが、こどものたぬきに

ばけることを 教えていました。

こどものたぬきは、なかなか うまく ばけられません。

でも、

げたに ばけるのは 上手でした。

  

 

こどものたぬきが、

げたに ばけていると、

げたの 鼻緒が切れて こまっている

おさむらいが やってきました。

 

 「や これは うまいわい

  ここに げたが おちている

    

さむらいは、

こどもだぬきがばけた げたを履いて すたこら 歩きました。

   

 「ぐっ ぐっ

    

こどもだぬきは、

つぶれそうになって 声を だしました。

げたのうしろに しっぽが ちょろりと でました。

  

さむらいは、どんどん 歩いていきました。

   

 「ぐっぐっぐっ、かあちゃん

   

    

こどもだぬきは 声をあげて なきだしました。

おかあさんは、しんぱいで ふたりのあとを ついていきます。

    

村に はいると、

さむらいは、げたを 買いました。

そして、

こどもだぬきの ばけた げたを ぬいで、

おあしを ひとつやって こう言いました。

   

 「や、ごくろうだったのう

   

 こどもだぬきは、おあしを もらったので、

 さっきの くるしさも わすれて、

 よろこびいさんで かえっていきました。

 

      ・・・

新美南吉が、昭和10年、22歳の時に書いた幼年童話のひとつです。この年「でんでんむしのかなしみ」「ひとつの火」「赤いろうそく」「かげ」「にひきのかえる」「かにのしょうばい」など20編余りの幼年童話を書きました。これら6つの作品は、いずれもに絵本になっています。

       

こどものたぬきは、さむらいから、お金をもらいました。げたになって、苦労して稼いだおかねです。こだぬきは、喜び勇んで、おかあさんのもとに帰ります。小さな経験ですが、たいせつな思い出として、これからもこだぬきのこころの中に残っていくことでしょう。起承転結のはっきりとしたはなしでした。

         

絵本とは直接関係ありませんが、南吉には、「手」「牛」「天国」などすばらしい詩があります。そのひとつです。

       

  生れいでて 

  舞ふ蝸牛の 触角のごと
  しづくの音に 

  驚かむ
  風の光に 

  ほめくべし
  花も匂はゞ 

  醉ひしれむ

          安城市立桜町小学校の「ででむし詩碑」

    

新美南吉は、このような繊細なこころをもった人だったと想像します。

    

      ・・・

※『げたにばける』 新美南吉作、西村敏雄絵、鈴木出版 2016年  (2024/1/20)

SHARE