ふるはしかずおの絵本ブログ3

『わたしのバイソン』- 「ぼくは いるよ」の心の声

バイソンとわたしの別れを描いた絵本です。

「わたしのバイソン」とは、なにを象徴しているのでしょうか?

  

 

4歳の春

わたしは、バイソンを はじめて見た

  

まいにち

わたしは バイソンに 会いに でかけた

でも、バイソンは 群れにかえる時が きた

    

 「ゆきが ふるころに なったら

  かならず あいに もどってくるよ

     

冬が きて

わたしの バイソンが かえってきた!

   

炎の そばに こしかけて

おはなしを いっぱい した 

バイソンは ときどき なにも いわない

しずかで かしこい バイソン

   

そうして 何年も すぎた

ひとばんじゅう はなしを したことも あった

もういない ふたりの ママのはなしを

 

  

ある冬の 朝

バイソンは やって こなかった

どこにも いない

なみだが ながれた

    

  

ぼくは いるよ」という声が、

こころの なかで きこえた

    

 春の日の 花のなか

 森の 音のなか

 炎の なかに

 風の なかに

 綿雪の かけらの なかにも

 ぼくは いるよ

    

    

バイソンは、絵本のなかでは、わたしと会話している確かな存在、人物です。バイソンは、ママのいないわたしの心を支えてくれました。しかし、ある冬、バイソンは、やってきませんでした。どににも見つかりません。わたしは、バイソンを失ってしまいました。でも、「ぼくはどこにもいる」というバイソンのことばを、心のなかで聞いています。

       

バイソンとは、なんだったのでしょうか

わたしを守ってくれた人なのでしょうか。もっと抽象的なこと、たとえばママを失った悲しみのような心かもしれません。いろいろな解釈のできる不思議な存在です。バイソンは消えてしまいましたが、バイソンの記憶まで失ったわけではありません。バイソンとの体験は、わたしの心のなかに、これからも生き続けることでしょう。「わたし」の経験は、大人のこころに響きます。

     

ガヤ・ヴィズニウスキは、ベルギー出身の絵本作家・イラストレーターです。

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※『わたしのバイソン』 ガヤ・ヴィズニウスキ作、清岡秀哉訳、偕成社 2021年 (2026/5/25)

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