ふるはしかずおの絵本ブログ3

『くろいの』- 「わたし」だけに見える

    

「わたし」だけが見ることのできる「くろいの」って、いったい何なのでしょうか。

   

       ・・・   

ひとりで帰る いつもの道。

わたしは、塀の上に 「くろいの」を見た

   

 なに、してるのかなあ……

    

わたしにしか、見えない くろいの。

   

 ねえ、なにしてるの?

   

 

「くろいの」は、ことことこっと あるきだした。  

    

 塀の穴を くぐり、

 家の戸を 開けた。

 ガラガラ、ガタン!

 ガラガラ、ピシャ!

   

 へえ。

 おちゃ、わたしに?

     

   

でも、

はなしは しない。

押し入れを あけ、

襖を しめると、

ひゅー ひゅー 風の音が きこえる。

押し入れから、屋根裏へ いくと・・・

 

  わぁー!

      

 (屋根裏部屋は、現実と幻想がないまぜになった世界です。

  文字のない4画面がつづきます。上の絵はそのひとつ)

 

 

くろいのは やまを のぼっていく、

やまは   ふわふわ あったかい

ふかふかの 毛に つつまれて、

くろいのと いっしょに 

ねむった。

  

 わたし、

 かあさんの ゆめを 

 みたわ。

   

くろいのと 手を つないで あるくと、

押し入れの 外にでて、

くろいのと

バイバイを する わたし。

花を もらって 帰ると、

     

 あっ、おとうさん!

 

            ・・・

「くろいの」は、ほかの人には 見えません。見えるは、わたしだけです。話しはしないけれど、家に招き、お茶を出してくれます。天井裏では、かけっこ、ブランコ、縄跳び、すべり台などでいっしょに遊んでくれます。帰るときは、手をとって導いてくれました。別れる時、「くろいの」は、わたしに花をくれます。

     

「くろいの」は、わたしをもてなすもの、いっしょに遊ぶもの、みちびくもの、与えるものです。わたしに好意をもっている不思議な存在ですが、正体は最後までわかりません。

     

    

おとうさんとは最後に出会うのに、おあさんはどこにも描かれていません。「わたし、おかあさんの ゆめを みたわ」という言葉のなかにしか出てきません。その言葉は、おかあさんの現実の不在を暗示しています。

     

   

絵本の中の、現実の世界に描かれた影が、印象的です。影は実体ではありません。光と物との関係によって生まれます。「わたし」の内面の願望が、影のような「くろいの」として現れたのかもしれません。それは、不在のおかあさんではないかと想像します。

        ・・・

※『くろいの』 田中清代作、偕成社 2018年  (2024/3/11)

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