
「算数障害」のレイナのおはなしです。
さんすうなんて、大きらい!
あーあ、さんすうのある日は
学校に いきたくないよ
おばあちゃんが クッキーを 焼いてくれました
ママが言いました
「レイナ、くっきーは
ひとり5こずつよ。たべるのは4人。
ぜんぶでなんこのクッキーがあるかな」
「えーと・・・4+5で、9こかな」
レイナは、頭がいたくなり
「クッキーなんて いらないもん」
と、部屋からでていきました。
おばあちゃんは レイナに
子どもの頃
数字のないまちに 行ったことを はなしてくれました
おばあちゃん(ふみこ)は、原っぱで
サヨと 友だちになり
サヨの家に いきました
サヨの 家には
時計が ありません
テレビの リモコンにも 数字が ありません
数字のところには、絵が 描いてあります
カレンダーも ありません
算数の 教科書も ありません
ここには すうじが ないんだ!
おばあちゃんの話を きいた夜
レイナは 夢を みました
さんすうのノートから、すうじが 夜空にとびだしたのです
7は 北斗七星
2は ふたご座のまわりを とびはねています・・・
すうじたちは
夜空に きらきら 輝いていました
「さんすうなんて、大きらい!」というレイナに、おばあちゃんは「がんばって勉強しなさい」とは言いませんでした。自分が子どものころに出会った「数字のないまち」の話をしてくれます。そこには、時計にも数字がありません。テレビのリモコンにもない。カレンダーもない。算数の教科書もありません。「ここには すうじが ないんだ!」という世界です。
読者は、「数字がわからない子ども」を外から見るのではなく、数字のない世界に入って、その子どもの立場から世界を想像することになります。その子が、なにに困り、どんな不安を感じているのかを想像することができます。
「わかる」ということは、知識を得ることだけではありません。相手のいる世界を、自分の想像力によって一緒に生きてみることで「わかる」ことがあります。
・・・
※『すうじのないまち』 濱野京子文、ユウコ アリサ絵、アノマーツ出版
【追記】
「算数障害とはなにか」(日本LD学会 研究委員会 2020年)のレポートで教えてもらったことです。「数の分解が苦手で10は8といくつか を覚えることがなかなかでき」ない子、「「何分後」「何 分間」という時間の量の学習」が苦手な子、「百分率や割合のような問題で正しく式を立てられ」ない子などの例があげられています。「知的発達に遅れはありませんが、計算や文章題に著しい困 難を示す子ども」のことです。









