
わが家が 人手にわたり、引っ越しをしなければならなくなった 家族。
「わたし」の視点から、語られます。
ほんとうは、言いたかったんだ。
わたしはゆきたくない、と。
春の ガン
冬景色の 牧場
馬たちが、空の雲のような 息をはく
肌を刺す 寒気
ほんとうは、言いたかったんだ。
わたしはここに、ずっといたい、と。
屋根裏部屋でも いい
木の上でも いい
そうじゃなかったら
川のほとりの ブライおじさんの家に住む
ママだって、ここをはなれるのは、悲しいんだ
みんな 悲しいのに
なぜ、ここを、はなれなくちゃいけないんだろう?
どんなところへ、ゆかなくちゃいけないんだろう?
海のそばに 引っ越すの、とママが言った
海なんて、いらいない
大草原さえあれば
パパが言った
人生の最初の思い出は、いつでも、じぶんといっしょにあるんだよ
たとえじぶんでは、すっかり わすれてしまってもね
わたしは
ハコヤナギの小枝を 折って、もってゆこう
大草原の土も
いっしょうけんめい、思いだすようにしょう
たくさんの歌
夜明けの、オンドリの鳴く声
乳牛の耳

ぜんぶ思いだせる。
わたしはいまも。
・・・・
ずっと昔から住んでいた家、二度と戻ることのない家を去るわたし。わたしは、故郷と呼べる自然と生活をじぶんの心に強く強く刻みつけておこうとします。
そして、いまも、その情景を、わたしは「ぜんぶ思いだせる」のです。
ママとパパの思いをかさね、小さな弟のことを思いながら、わたしの思いが綴られていきます。情感のこもった文章です。「人生の最初の思い出は、いつでも、じぶんといっしょにある」というパパのことばが胸にひびきます。だれでも、人生の最初の思い出を持っています。
スタインベックは、『怒りの葡萄』(1939)において、1930年代末に発生した干ばつと砂嵐で土地を追われ、カリフォルニアに移っていく農民をえがきました。絵から、その世界を連想します。
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※『人生の最初の思い出』 パトリシア・マクラクラン文、バリー・モーザー絵、長田弘訳 みすず書房 2001年 (2025/11/7)









