ふるはしかずおの絵本ブログ3

『コバンザメのぼうけん』-「もっと、せけんを知らなくちゃ」

「世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう」太宰治「人間失格」

     

「世間」を知るために旅立つコバンザメのはなしです。

 

      ・・・

クジラとコバンザメは、大のなかよしです。

クジラは、子どものコバンザメに言います。

もっと、せけんを知らなくちゃ

「せけんって なに?」

「せけんというのはな……、おれ いがいのともだちのことさ」

     ・・・

「せけん」さがしの旅にでるコバンザメ。

いろいろなさかなに出会いました。

はじめは、

タツノオトシゴ

トビウオとマグロにからかわれた、タツノオトシゴに言います。

「こころがつかれたんだね」

「うん、そう」

     

目立つことが嫌いな タコのおばさん

腕白なトビウオとマグロのことを思い出し

「はやくおよげりゃ いいってもんじゃないだろう?」

空を飛んでいる トビウオ。

全速力でおよぐ マグロ。

    

コバンザメのぼくを食べようとする ウツボ

でも、失敗。

(キョロキョロするときは、ゆだんをしちゃ いけないんだな)

     

じっとえさを待つ アンコウのおばあさん。

「たいくつ?」と聞くと、

「おまえは、まだ なんにも ものを知らないね。たいくつをえさにするくらいじゃないと、サカナつりは……」

その言葉が終わらないうち、海鳥!をつかまえ、食べるアンコウ・・・

    

アオブダイ

透明なふくろをつくり、その中で眠ります。

       

コバンザメは、みんな違う生き方をしていること、みんな違った考えを持っていることを知ります。

「いいかおしてるな」とクジラ言います。

「せけんを知ったから?」

「アハハハ・・・」

せけんって、おもしろいね

 

      ・・・

マンボウ、

エビクラゲにも出会いました。

エビクラゲの中にいる小エビたち。

その小エビたちに向かって、コバンザメは言います。

「もっと、せけんを知らなくちゃ」

「せけんって、なに?」

せけんというのは、友だちのことさ

コバンザメの成長物語です。様々な個性あふれる人物が登場します。会話が中心です。これらは灰谷文学の特徴でしょう。クジラ、コバンザメ、タツノオトシゴ、タコ、トビウオ、マグロ、ウツボ、アンコウ、アオブダイ、マンボウ、エビクラゲ、小エビといった人物が、自分らしく行動し、また自分の考えをはっきり述べています。それは、言うまでもなく、私たち人間の姿です。

 

「子どもたち、冒険をして学びなさい」と言うメッセージがあります。また、最後に「せけんというのは、友だちのことさ」とコバンザメが言っています。コバンザメのこの考えに私も同感しますが、でも、作者らしい言い方だなあとも思いました。

        ・・・

※『 コバンザメの ぼうけん 』 灰谷健次郎作、村上康成絵、童心社  1996年

 

【 追 記 】

冒頭の「人間失格」ですが、「自分」は「世間が許さない」と批判する堀木に対してこう思います。「世間じゃない、あなたでしょう?」「(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです」と。「世間」という言葉は、「愛」「悲しみ」「怒り」のように形のないことをさす言葉です。
「世間とはあなた」「世間とは友だち」と、ふたつの文学の答えは、ある意味対照的ですが、形のないことに形を与えようとしています。

また、現在を振りかえって見るとき、「世間」といわれる事が一人歩きしないことを願います。  (2020/5/16)

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