
トルストイの民話です
靴屋の マルチンの 家の窓からは、
道をあるく 人の足だけ 見えました
マルチンは
靴を 見ただけで 誰か すぐに わかりました
みんな じぶんが ぬったりした 靴だったのです
夜に なると マルチンは 聖書を よみます
もし 神様が 家へやってきたら
わしは どうするだろうか
とつぜん、「マルチン」と呼ぶ声がきこえます
「あした わたしは おまえのところへ いくよ」
次の朝
外を 見ると
道路そうじの ステファンじいさんがいます
寒そうに 手に いきをかけ 道を はいています
マルチンは
家へ よって あたたまっておいきよ
と いいました
つぎに 外を 見ると
あかちゃんを 抱いた おかあさんが 薄い服で ふるえています
マルチンは
家に 招き、
キャベツスープを ごちそうし
ふるいオーバーと おかねを すこしばかり あげました
神さまらしいひとは ちっとも あらわれません
とつぜん 怒鳴り声が きこえました。
りんご売りの おばあさんが
りんごを 盗もうとした おとこのこを つかまえて 怒っています
マルチンは ふたりを 仲裁し
おとこのこに あやまるように いいました
おとこのこは ごめんなさいと いいました
また、聖書を 読みはじめると
「マルチン、わたしが わかったかね」という声が 聞こえてきました
「いったい だれだい」
「わたしだよ」
その声といっしょに
ステファンじいさん
赤ちゃんを 抱いた おかあさん
りんご売りの おばあさんと おとこのこが
あらわれて にこにこ しています

マルチンは 神さまが やってきたのだということが わかりました
聖書には こう書かれて いました
わたしのきょうだいである
ちいさいもののひとりに したことは
すなわち わたしに したことである
・・・
信仰心のあつい靴屋のマルチンは、誰にでも親切で、心やさしい人物です。そのマルチンのところに、神様はいろいろな姿でやってきました。「愛あるところに神あり」。ちいさな読者には、さいごの聖書の言葉は、すこし難しいかもしれませんが、マルチンのしたこと、言ったことはよくわかります。
バーナデット・ワッツが美しい絵を描いています。特に、ステファンじいさん、赤ちゃんを抱いたおかあさん、りんご売りのおばあさんとおとこの子が、手を振り、あるいは読者に目をむけている姿(上の絵)は、すばらしいと思いました。
※『くつやのマルチン』トルストイの民話 バーナデット絵 ささきたづこ訳、西村書店 1989年 (2025/9/9)









