
あたらしい町の 越してきた「わたし」。
「わたし」は、これからの生活に 不安を感じている おんなのこです。
4階建ての ビルの 2階 12号室が
わたしの あたらしい家
わたしの へやの てんじょうは
だれかの ゆかだし
わたしの ゆかは
だれかの てんじょう
わたしの お隣さんは
なにを しているのかしら
わたしと にた ひとたち?
まるっきり ちがう ひとたち?
おとなりさんは ほんとに いるの?
たてものだけ だったりして
かべの むこうには なんにも ないのかも
きょうは たしかめに いく 日よ
お隣の子は
同級生の おんなのこです
ふたりは いっしょに 小学校へ むかいます
隣の部屋には、どんな人が住んでいるのでしょう。見えない相手だからこそ、「わたし」の想像は広がっていきました。
「きょうは たしかめに いく 日よ」
お隣の「だれかさん」は、ずっと想像のなかの存在だったのに、実際に会ってみると、同じ学校へ行く女の子でした。そのときから、絵本の色が明るくなります。夜が朝になります。ひとりだった「わたし」が、ひとりではなくなります。『おとなりの だれかさん』は、一緒に歩いていける人を見つけた「出会い」のよろこびを、絵とことばで描いた絵本です。
絵本では、アパートの内部を透視するような三枚の絵が描かれます。実際にそこに住んでいる人たちの姿、「わたし」が想像する姿、そして「たてものだけだったりして」と思う「わたし」の不安が、絵のなかに表れています。文章だけではなく、絵そのものが「わたし」の心を語っています。絵と文をひとりで手がけているカーシャ・デニセビッチだからこそ、女の子の心の変化が、言葉だけでなく、構図や色、時間の変化によっても伝わってきます。
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※『おとなりの だれかさん』 カーシャ・デニセビッチ作、おがわひとみ訳、評論社 2024年 (2026/9/30)









