夜明け前の
みずうみが 舞台です。
静寂な 世界ですが、しだいに 絵本と読者の間に ドラマがおこります。
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音もなく、静まりかえった みずうみ、
寒く しめった みずうみ。
湖畔の木の下で、おじいさんとまごが 毛布で寝ています。
みずうみに 写る月。
そよ風が ふき、
さざ波が たち、
靄が こもります。
こうもりが 空をまい、
蛙が みずうみに とびこみ、
鳥が 鳴き、どこかで鳴きかわす。
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目をさます ふたり。
ふたりは、
水を くみ、
火を たき、
毛布を まとめ、
ボートを みずうみに 漕ぎだしていきます。
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そのとき、
やまとみずうみが みどりになった。
水彩で描かれた、これだけの 絵本です。
でも、
夜明け前の 静寂さのなかに、私たちの感覚・感情・想像に 訴えるものがいっぱいです。
空気の 冷たさ、
毛布の 温もり、
そよ風。
光の微妙な 明暗、
動物たちの 動き、音、鳴き声、
朝日に照らされた 色鮮やかな 山、
そして、目にみえない 時の流れ。
これらは、あこがれとなって、おとなの読者のこころを 波立たせます。
グリーグの『朝』を聴いてみたくなります。
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作者の紹介文によれば、唐の詩人柳宗元(773-819)の「漁翁」を モチーフにした絵本だそうです。
漁翁 柳宗元
魚翁夜傍西巖宿
曉汲清湘燃楚竹
煙銷日出不見人
欸乃一聲山水綠
迴看天際下中流
巖上無心雲相逐
漁師のじいさんは、夜は西の岩陰ですごし、
夜明け方には清らかな湘江の水を汲んで竹を燃やす。
もやが消えて日が出たと見る間に山と水の緑が現われた。
もはや人かげは見えず、漁師のうたう船歌が聞こえるだけ。
はるかに天のはてをかえり見つつ流れを下れば、
岩の上から雲が無心に迫ってくる。
松枝茂夫編 『 中国名詩選(下)』 岩波文庫
※「よあけ」 ユリ・シュルヴィッツ作・絵 瀬田貞二訳 福音館書店 1974年 (2016/5/1)