
「はじめに」に、出版のいきさつが書かれています。
ハリス・バーディック氏が残した14枚の絵。タイトルとかんたんな説明がついています。30年前、出版社のウェンダース氏にこれらの絵を渡して、二度とすがたを見せませんでした。この絵本は、かれが残した14枚の絵を複製出版したものです。
「まえがき」から、すでに虚構の世界がはじまっています。
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1枚目の絵はこのようです。
ベッドで眠っている男の子がいます。開いた窓。
そこからいくつかの光の玉がはいってきます。
タイトルと文章は・・・
「天才少年、アーチー・スミス」
小さな声が言った。
「あの子がそうなのかい?」
2枚目
「絨毯の下に」
二週間後にまたそれが起こった。
3枚目
「七月の奇妙な日」
彼は思い切り投げた。
でもみっつめの石は跳ねながら戻ってきた。

4枚目
「ヴェニスに消えた」
その強力なエンジンを逆進にいれたというのに、
旅客船はどんどん運河の奥の方に
ひきずられていった。
以下、題名だけを書きます。
「別の場所で、別の時に」
「招かれなかった客」
「ハープ」
「リンデン氏の書棚」
「七つのいす」
「三階のベッドルーム」
「そんなことやっちゃいけない」
「トリー船長」
「オスカーとアルフォンス」
「メイプル・ストリートの家」
それぞれの絵から、読者がつくる物語が始まります。
「七つのいす」を見てみましょう。
空中に浮いている椅子に座った尼僧の絵です。ふたりのカトリックの聖職者が、あわてた様子もなく見あげています。文は「五つめは結局フランスでみつかった」です。この奇跡はどのようにして起こったのでしょう。なぜ二人の聖職者は落ち着いているのでしょう。「結局」とありますから、五つめの椅子の発見にもドラマがあったことが想像されます。
また、ほかの六つの椅子はどこで見つかったのでしょうか・・・。想像は尽きません。
ファンタジー、怪奇なはなし、スリルとサスペンスの物語をつくるのは、読者。想像する楽しさを味わう絵本です。おはなしを紡ぎ出す冒頭の文の大切さを感じます。
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※『ハリス・バーディックの謎』 クリス・ヴァン・オールズバーグ作・絵、村上春樹訳、河出書房出版社 1990年 (2023/2/17)