身体の一部が伸びるおはなしはおもしろい。鼻が伸びる『ふしぎなたいこ』、足が伸びる『あしにょきにょき 』があります。首が伸びると怪談ばなしになりますが、この絵本はひげ(髭)が上へ横へとどんどん伸びていきます。
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むかし むかし
スリランカという国に小さな村がありました。
村のじいさんたちは、みんな、ひげを長くのばしていました。
じいさんたちは、
ひげが長くなると、
まな板で切ってもらいました。
ところが、変わり者のバブンじいさんは違います。バブンじいさんは、 ねずみにひげを齧ってもらっていたのです。
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ある日のこと、ねずみの歯が丸くなってしまいました。齧ってもひげが切れません。「歯を研いできておくれ」とバブンじいさん。これを聞いたひげは、びっくり。あわてて逃げだしました。
ひげは、部屋いっぱいに伸びだします。バブンじいさんは、ひげに埋もれ寝てしまいました。
ひげは、家のそとへ伸び、
ぐんぐん ぐんぐん、
ぐるぐる ぐるぐる。
村中に伸び、
ねこも、とりも さるも いぬも 子どもも 木も 家もぐるぐる巻きにしました。
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ひげは、ラトゥマニカ(娘)をおっかけます。ラトゥマニカは、家にかけこみ、ひげの先をつかんで、かまどの火につっこみました。
ちりちり
ちりちり
ひげは、燃えながら、外に逃げ出します。
みんな 大喜びです。おとなも子どもも踊りだす。小鳥も、きれいな声でさえずります。
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バブンじいさんは、目をさまし、びっくり。
「ひげがない」
じいさんとねずみも、喜んで踊りだす。
ひげがない。
ひげがない。
ゆかいだな。ゆかいだな。
愉快なスリランカのおはなしです。ひげが切られてはいけないと、あわてて逃げだすところは、とても面白いところです。ひげが人物化されています。また、若いラトゥマニカをストーカーのように追いかけます。でも、ラトゥマニカが、竈の火をひげにつけ、解決です。チリチリ、チリチリという音まで聞こえそうです。
また、バブンじいさんが、ひげが失くなってがっかりするかと思いきや、「ゆかいだな。ゆかいだな」というところも笑えました。 ウェッタシンハ(1928-2020)の絵本に『きつねのホイティ』がありますが、このブログで紹介しています。
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※『にげだしたひげ』シビル・ウェッタシンハ作 のぐちただし訳 福武書店 1988年
【 追 記 】
人物とは、言葉によって形象化された人間、人間化された動物、植物、鉱物などのことを言います。言葉によって描かれた人間を人物と呼ぶのは当然のことですが、たとえば『三びきのこぶた』のこぶたやおおかみ、『気のいい火山弾』のベゴ石や稜のある石、『きりかぶのあかちゃん』のきりかぶも、そしてこの『にげだしたひげ』のひげも、 人間のように話したり、考えたり、行動したりしていますから、それらを「人物」と言います。 (2022/3/3)