むかし、むかし、ある村に、トーリンという若者がすんでいました。山で、だんだん畑をつくって暮らしていました。
中国の少数民族苗族の民話です。
ある夏の日、
トーリンの額からながれた汗のひとつが、岩のくぼみにおちました。
すると、そのくぼみから、ま白なユリの花がさきました。きれいな歌が聞こえてきます。
ある朝、
ユリの花は、ふみたおされていました。
トーリンは、ユリの花をもちかえりました。
石うすに植えますと、ユリの花は、毎日、美しい声で歌います。
十五夜の晩、
灯心がゆらめき、
赤い花になり、
中から美しいむすめがあらわれました。
トーリンとむすめは働きました。
トーリンが 竹かご。
むすめは 刺繍。
市がたつと、トーリンはそれらを売りに出かけます。
・・・
家は、豊かになりました。
しかし、トーリンは、働かなくなりました。
むすめは、ひとりで 山へいき、
夜は、刺繍をつづけます。
満月の夜、
灯心がきらめき、
赤い花がひらき、
中から金鶏鳥があらわれ、
鳥は、むすめを乗せ、月の世界へと舞い上がりました。
むすめが去ったあと、
刺繍をした2枚の布がのこされました。
ひとつは、ふたりが畑で働いている絵。
ひとつは、ふたりが夜なべをしている絵。
「トーリンよ、おまえはなんてばかなんだ!」
トーリンは、自分の愚かさに気づきました。
そして、鍬をかついで、畑を耕し始めました。昼も夜も働きました。
十五夜の晩、
トーリンは、むすめを思い出し、涙がこぼれます。涙のひとつが、石うすにこぼれると、石うすのなかから、ユリの花がのび、歌を歌いはじめたのです。
灯心は、
赤い花になり、
その中にあの美しいむすめが微笑んでいます。
そののち、ふたりは、いつまでも なかよくくらしたということです。
トーリンの 汗のひとつがユリの花をさかせ、 涙のひとつがもう一度ユリの花がさかせました。 トーリンのこころと行動から生まれた汗と涙です。 豊かさとは何か、幸せとは何かという問いかけがあります。
まっ白なユリ、うたうユリ、満月、十五夜の月、灯心、赤い花、金鶏鳥、刺繍をした2枚の布、トーリンの汗と涙など印象深いものたちが、物語を支えています。白、赤、金など色鮮やかなイメージが浮かびます。また、むすめを描いた赤羽末吉の絵がすばらしいと思いました。
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※『あかりの花 中国苗族民話』君島久子再話、赤羽末吉絵、福音館書店、2016年
【 追 記 】
生誕110年・没後30年を記念して、赤羽末吉の展覧会が静岡市美術館で開催( 「赤羽末吉展」 2020.10.3~11.29)されています。 赤羽末吉の作品の全体像を見ることのできる展覧会です。表紙の原画も見ることができました。前回は赤羽末吉の『 ほしになった りゅうのきば 』 (君島久子再話)を紹介しました。 (2020/10/18)