『めっちゃくちゃのおおさわぎ』 (偕成社) の一節です。
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サカナがはらっぱ さんぽして
カエルは空を とんでいく
ネズミがネコを つかまえて
ネズミとりに いれちゃった
いたずらギツネの きょうだいが
マッチで海に 火をつけた
海はめらめら もえあがり
あわててクジラが とびだした
「はやくはやく しょうぼうたい!
たすけておくれ しょうぼうたい!」
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「サカナがはらっぱ さんぼして/カエルは空を とんでいく」というナンセンスの面白さがあります。
空をとぶことのできない「カエル」に、
空を飛ばせ、
ネコを捕まえることのできない「ネズミ」 に、
ネコを捕まえさせ、
燃え上がることのない「海」が、燃え上がります。
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これを「 さかさ唄 」と言います。それは「〈 イ 〉 なる物に 〈 ロ 〉 なる 物の 機能を与えたり、その逆をおこなったりする遊び」です。
また、当然のことですが、「 カエルは 空を飛ばない 」「 ネズミは ネコを 捕まえない 」という常識が子どもの 側にあって、 はじめてこの逆転が楽しめます。
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「こどもが大きなものは強く、小さいものは 非力であるという関係を つかみ、動物は 大きければ大きいほど 強いということを、はっきり知ったと 仮定してみましょう。この原理が 完全に 明瞭になったとき、こどもはこれをもてあそぶようになります。このお遊びの内容は、直接の関係を逆の関係におきかえることにあります。つまり、大きいものに 小さいものの 特徴を、小さいものに 大きいものの特徴を与えるのです。」
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「これらの唄(さかさ唄)の場合、まちがった対位は正しい対位の確認に役立つだけであること、こうした架空物語によって、世界に対する子供の現実理解を確固にし得る」 チュコフスキー、 樹下節訳 『2歳から 5歳まで』 理論社
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みなさんのお子さんも、「ブタが空を飛んでいる」 というようなさかさ唄を遊んでいるでしょうか。
また、絵本の文章はリズミカルな調子で、音楽的な要素に富んでいます。ユーモアとともに、この絵本の魅力のひとつです。声にだして読んでみてください。
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※ 『めっちゃくちゃの おおさわぎ』 チュコフスキー作、ヤールブソヴァ絵、田中潔訳 偕成社 2009年
【 少し長い追記 】
文章には、リズミカルで音楽的な響きがありあります。詩的なことばです。子どもがうつくしい韻律に触れることの意味について、リリアン・スミスとチュコフスキーの文章を引用します。
①.「子どもを歌や本にふれさせる最良の道は、感覚を通してである。小さい子どもは、読むことができない。そこで、かれらの喜びは、耳から、ことばのリズミカルな拍子から、音のつくりだす韻からくるのであって、必ずしもその意味からくるのではない」
『児童文字論』リリアン・スミス著、石井桃子他訳、岩波書店
②.「こどもにとって、詩は人間のことばの規準であり、自分の感情と思考の自然な表現にほかならないのです。かぞえ年三~四歳ともなればこどもは、ときにはひじょうに長くて三~四百行もある物語詩を熱心に聞き、三べんも読んでもらうと、はじめからおわりまで完全におぼえこんでしまいます」 チェコフスキー、 同上書
③.「教育者は、幼い教え子たちの生活におけるこの〈詩的段階〉を利用すべきです。この段階では、詩がこどもの思考と感情に働きかける、強力な教育手段の一つをなしていることを忘れてはなりません。詩が周囲の世界の知覚を助け、こどものことばの完成を効果的に促進するのは、言うまでもありますまい。
柔軟な音楽的リズムをふまえ、美しい韻をちりばめた、これらの典雅なことばの構造のお陰で、こどもはいささかも努力することなく、遊んでいるうちに、国語の構造と語彙をしっかりとおぼえます」 チェコフスキー、 同上書
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さかさ唄を巧みにつかった日本の絵本に『とりかえっこ』が、あります。このブログでも紹介しましたので、ご覧ください。また、同音異義語の多い日本語の特色を逆手にとった言葉遊びの絵本に『かえるがみえる』があります。「かえる(蛙) ~える」と韻を踏んでいます。五七調、七五調の音数律、脚韻など韻言葉の音楽的要素をいかした絵本が出ることを望みます。井上ひさしの戯曲の中にある歌が、参考になるのではないかと思います。 (2013/8/22)