宮沢賢治の「やまなし」です。
はじめの場面を引き合いにして、イメージの流れについて書いてみます。音楽を感じます。
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小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。
一、五月
二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。
『 クラムボンは わらったよ。 』
『 クラムボンは かぷかぷわらったよ。 』
『 クラムボンは 跳はねてわらったよ。 』
『 クラムボンは かぷかぷわらったよ。 』
上の方や 横の方は、青く くらく
鋼のやうに 見えます。
その なめらかな 天井 を
つぶつぶ 暗い泡が 流れて行きます。
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語り手は、いったい どこにいるのでしょうか?
語り手は、谷川の底 にいます。 谷川の底から見ますと、上の方や 横の方は、青く くらく 鋼のように見えます。
なめらかな 天井とは 比喩。
視点は川の底ですから、天井は水面の喩えです。
また、「なめらか」ですから、風も吹いてないのです。
かにの子どもたちの 吐く泡は、
水銀のやうに 光って
ななめに上の方へ のぼって 行きました。
川は、ゆっくりと 流れています。
雲がとれ、日の光が、水のなかにさしこみました。
うつくしいイメージが生れます。
俄に天井に 白い泡がたつて、
青びかりの まるで ぎらぎらする
鉄砲弾のやうな ものが、
いききなり 飛込んで来ました。
かわせみです。
それは、さかなの死を 意味していました。
静かであった世界が、急転します。
読みかたりで紡ぎだされる世界は、川のながれに喩えることができます。イメージの流れは、うごき、うつり、かわっていきます。
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「 やまなし 」の場合
緩急があり、
反転、
急転、
屈折、
葛藤 しながら ……
いきなり、
ぱっと、
さっと、
にわかに、
たちまち、
というように 変化していきます。
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明 と 暗、
生 と 死、
ユーモア と 不気味さ。
異質なイメージが、拮抗し、めまぐるしくうごき、展開します。読みかたりは、調子、声量、テンポ、強弱、間、イントネーション等を変えながら、音楽を生みだすようにします。
そして、読み手の声によって創造される世界のなかで、ドラマがおこり、読者の深い体験がうまれます。
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「やまなし」は、生と死の修羅の世界(五月)のあと、恵みの世界(十一月)が続きます。修羅と恵みの二つの世界は、コインの表と裏のように構成されています。そして、この2つの世界が、季節を変えて、同じ場所におこります。娑婆即浄土です。「法華経」を深く信仰した賢治の世界観が表現されています。また、ときおり見られるユーモアが、緊張をやわらげます。
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※『 やまなし 』 宮沢賢治作 安藤 徳香絵 福武書店 1986年
【 追記 】
「 やまなし 」 には、いくつかの絵本がありますが、安藤徳香さんの絵本を選びました。賢治の世界とはやや異質な感じがする絵ですが、文章と渡りあう画家の意気込みを感じます。 (2017/6/29)