ふるはしかずおの絵本ブログ3

『隅田川 愛しいわが子をさがして』― 能の世界へ

能「隅田川」の物語、

わが子をさらわれた母の物語です

母はひとり、都から遠く東の国へと旅立ちます。

     ・・・

平安京時代の、

京の都。

ある日、

梅若丸という男の子が、消えていなくなりました。

さらわれたのでした。

      ・・・

母は、

都じゅうをたずね歩き、梅若丸をさがします。

「逢坂の関をこえていった」と聞くと、

母は、

ひとり東国へ。

その必死の姿からか、

芸を売る身ゆえか、

ひとびとから、「もの狂い」と呼ばれるようになっていました。

     ・・・

武蔵の国、

隅田川の渡し。

母が、渡し船に乗ろうとすると、

「もの狂いなら何か狂ってみせよ」と船頭が言います。

母は、『伊勢物語』の故事を思い出し、在原業平になぞらえて、浮かれ戯れます。

そして、

船に乗り、

しばらくすると、

むこう岸から、鐘の音が聞こえてきました。

「人を弔う大念仏」だと船頭は言い、かなしい話をきかせます。

去年の三月、隅田川のほとりに見捨てられた

おさな子。

もう、だれが見ても助からない命。

その子は「わたしは、都は北白河の、吉田の子…」と言い、

息をひきとったと言うのです。

     ・・・

母は、

わが子の死を知り、涙にくれました。

梅若丸の塚で、何千回何万回と念仏をとなえます、

すると、

不思議な事がおこりました。

かげや形のあやふやな少年が、
念仏をとなえながら、母の前にあらわれました。

梅若丸、あなたなの!

「お母さん…」

      ・・・

しかし、

梅若丸のかげは、

母の手をすりぬけ、

明け方の空に消えてしまうのでした。

世阿弥の長男、観世十郎元雅によって書かれた能「隅田川」です。

 

語り手の人物に対する呼称は、「都に住む女の人」「旅なれぬ女」「女」以外は、すべて「母」になっています。「母」という3人称の呼び名から、外から見ているように語られていますが、読者はこの「母」に同化し、わが子を探す「母」の悲しみ、苦しみを体験します。しかし、なんともやりきれない、救いようのない結末です。この先、この「母」はどうなったのでしょうか。行く末を考えざるをえません。

 

また、わが子をさがす母の必死の思いと行動が、美しく品があり、どことなく静謐な日本画で描かれています。華やかな母の姿から、京から隅田川までの長旅で、疲れ、やつれ、絶望していく母の変わりようが美しく描かれています。それが心をうちます。

       ・・・

※『隅田川 愛しいわが子をさがして』 片山清司作、小田切恵子絵、BL出版 2006年

 

【追記】

『伊勢物語』の「東下り」の在原業平の歌。

 

  名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

 

「母」に寄り添って見れば、歌に託して自分の境遇と思いを語っているとわかります。また、外から見れば、『伊勢物語』を引用する「母」の教養の高さが表現されています。   (2020/9/6)

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