
中国の古典『列子』にある有名な話、「愚公山を移す」のパロディのようなおはなしです。
ミン・ロー夫妻は、
大きな山の ふもとに 暮らしていました。
山が あるために
岩や 石が 落ち
大雨が 降り
日当たりが わるく、作物が そだちません
「山を うごかすには どうしたらよいのか」
と、村の賢者に 相談しました
おおきな木を 切り倒して、その木を かかえ
やまに ぶつかれ
と 賢者は いいました
でも、山は ぴくりとも うごきません
つぎは、
なべと たらいを おたまで たたき
大声で さけぶのじゃ、と言われます
山は ぴくりとも うごきません
つぎは、
パンと 焼き菓子を 山の神に
ささげるように 賢者に 言われましたが
山にのぼる 途中で
パンと 焼き菓子を 風に ふきとばされて しまいました
さいごに 賢者は いいました
家を バラバラにして
頭に のせ
山に むかって 目をとじ
みぎあし ひだしあしと うしろに もっていく
これを 何時間も つづけるのじゃ、と
「それで やまが うごくなら すぐに やってみます」
ミン・ローと おくさんは
目を とじたまま
大荷物を かかえ うしろむきに
なんじかんも あるきました
「おお、みろ!
やまが あんなに とおくに いってしまっている」

ふたりは、そこで 家を たてなおしました
「あのやまを うごかしたのは、じぶんたちなんだね」
ふたりは しあわせに くらしたということです
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「愚公山を移す」は、中国の古典『列子』の有名な話です。
愚公は、家族とともに、家の前にある山を動かそうと、山の土や石をはこび始めます。「無理なはなしだ」と周りに言われても、「私が死んでも、子々孫々たえることがなく、続けるであろう。人は増えるが、山は増えることはない」とこたえます。天帝が、神に命じて、山を移してしまったという話です。たゆまぬ努力を積み重ねれば、どんな大事でも成しとげることができる、という教訓です。
絵本は、この話のパロディのよう見えますが、ユーモアがあり、笑いがあります。
また、「あのやまを うごかしたのは、じぶんたちなんだね」というミン・ロー夫妻は、笑いの対象かもしれませんが、世界を別の視点から見る、発想を変えるという話とみることもできます。パロディをこえた新しい意味があるように思います。
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※『やまをうごかした ミン・ローさん』 アーノルド・ローベル作、こみやゆう訳、好学社 2023年
【追記】
「愚公山を移す」にちかい話に、『半日村』(斎藤隆介文、滝平二郎絵)があります。『半日村』では、一平の信念が、まわりの人々を動かし、みんなで山をけずります。そして、半日しか日の当たらない村を、朝日がさす村にするという話です。人びとの力で、山を動かすところに、作者の思想があります。









