「字のないはがき」は、ちいさないもうとが 戦時中に 書いた葉書のことです。
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戦争が はげしくなり、
ちいさないもうとも 疎開することに なりました。
おかあさんは、
たくさんの 肌着を縫って
いちまい いちまいに 名札を ぬいつけます。
おとうさんは、
数えきれないほどの はがきを 用意して、
じぶんの 住所と名前を かいていきます。
「げんきな日は、はがきに まるをかいて、
まいにち いちまいずつ ポストにいれなさい」
いもうとは、
まだ 字が 書けなかったのです。
一週間後
はがきには
おおきな おおきな 赤えんぴつの まるが かいてありました。
ところが、
つぎの日から
黒えんぴつの ちいさな まるが 送られてきました。
そして、
ついに
ばつに なって しまったのです。
やがて
ばつの はがきも こなくなって しまいました。
おかあさんが いもうとを むかえに いきました。
いもうとが 帰ってくる 日
わたしと おとうとは 庭のかぼちゃを ぜんぶ 収穫しました。
いもうとを 喜ばせようと、
部屋に ずらりと ならべました。
「かえってきたよ」
夜遅く 窓から 見はっていた おとうとが 言うと
おとうさんは、
裸足で おもてへ かけだしました。
ますます
ちいさく なってしまった
いもうとを だきしめて
おおん
おおん
と 声をあげて 泣きました。
おとうさんの おおきな泣き声が しずかな夜に ひびいていました。
それから まもなく
戦争は おわりました。
いもうとも おおきく なりました。
字のない はがきは
どこに しまわれたのか、
あのあと わたしは いちども 見ていません。
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向田邦子(1929-1981)さんのエッセイが原作です。作家の角田光代さんが、文章を書きました。感動的なはなしですが、戦争が、疎開という形で 小さな子どもところにもやってきたことを考えさせられました。
また、絵には、前後の対比と伏線があります。きちんと並べられた下駄とみだれた下駄。みだれた下駄は、裸足でかけだしていったおとうさんの下駄です。また、いもうとをだきしめる様子は、ふたりの足で表現しています(上の絵)。
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※『字のないはがき』 向田邦子原作、角田光代文、西加奈子絵、小学館 2019年
【 追 記 】
学童疎開をテーマにした児童文学に、中村弘行さんの『みかん山の魔女』(文芸社 2024年)という作品があります。「戦時下にタイムスリップした管理栄養士の少女が、肉体を無視する精神論と戦う!」(文芸社)というものですが、戦時中の学童疎開について多くのことを知ることができます。 (2024/10/21)