能「天鼓」の世界です。 かなしいおはなし。
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むかし むかし(後漢時代) 中国に
王伯、王母という夫婦が おりました。
子のない夫婦は、仏さまに 子を授かるようにと お願いしました。
ある日、
王母は、
天から鼓が ふってきて、自分の体に入る夢を 見ました。
そのあと、元気な男の子が うまれ、
天鼓と 名づけました。
天鼓がうまれた後、不思議なことに、空から鼓がふってきました。
少年になった 天鼓。
天鼓が 鼓を打つと、
木々や花までも、歌い、踊りだします。
都の帝は、その鼓を 自分のものにしたいと考えました。
天鼓は 鼓を持って 山中へ かくれました。
しかし、捕らえられ、
呂水の河底に 沈められて しまいます。
しかし、
天鼓の 鼓は、いくら打っても 音を だしません。
帝は、父親の王伯を 召し出し、
鼓を 打たせることにしました。
王伯は、
天鼓を いとおしむように、
心をこめ、
鼓を 打ちます。
心に 染み入るような 鼓の音に
こころを 動かされた帝は、天鼓の弔いをします。
弔いの日、
呂水の ほとりは、
篝火が たかれ、
楽師が ならび、
管弦講が はじまります。
しばらくすると、天から 天鼓があらわれ、鼓をうちます。
空の星がうごき、
何千何百の飛天が 天上の音楽を 奏でます。
さわやかな秋風が 吹き、満天の星は かがやき、
天鼓と鼓は ひとつになり、
いつまでも いつまでも
舞いたわむれるのでした。
読み終わり、やはりかなしい話でした。しかし、さいごのうつくしいイメージに、救われる気がします。天上の音楽、秋風、満天の星のかがやきとうごき。これらのイメージが、私たちの感覚を揺さぶり、天鼓と鼓を彩ります 。
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※『天鼓 天からふってきた鼓』片山清司作、小田切恵子絵、BL出版 2006年
【 追 記 】
「救い」ということで思い出すシーンがあります。宮沢賢治の「虔十公園林」です。虔十が育てた杉林を描写した最後の場面です。虔十は若くして亡くなりますが、杉への愛に基づくかれの行動には無駄がありませんでした。『天鼓 天からふってきた鼓』と同じような美しいイメージで彩られ「本当のさいはひ」とは何かを教えています。
「全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さはやかな匂、夏のすゞしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本当のさいはひが何だかを教へるか数へられませんでした。
そして林は虔十の居た時の通り雨が降ってはすき徹る冷たい雫をみじかい草にポタリポタリと落しお日さまが輝いては新らしい奇麗な空気をさはやかにはき出すのでした。 」