くまは、最後に「なにか だいじなことを わすれてしまったらしいな」と思いました。でも、なにを忘れてしまったのでしょうか。どんな出来事があったのでしょうか?
春
冬眠から 覚めた くまが、見たものは?
森ではなく、工場だった。
寝る前に 見ていた森は あとかたもなく 消えていた。
くまが ポカンと していると
職長が やってきて 言った。
「とっとと しごとにつけ」
「ぼくは くま なんだけど・・・」
「くまだと! ふざけるな!」
工場長や 社長も、
動物園のくまや サーカスのくまも、
くまを くまだと 認めません。
みんな わかって くれません。
くまは
作業服を きて、
ひげを そり、
工場で 働くことに なった。
工場は、チャップリンの『モダン・タイムス』のようです。
くまは 生産システムの 一齣です。
夏
秋
木の葉が 色づき はじめると、
くまは、ねむく なってきた。
機械の前で ねむりこける くまを見て、職長が どなった。
「とっととでていけ、くびた!」
くまは 荷物をまとめて 出ていった。
モーテルも 追いだされ、
くまは、雪をふみしめ、森の中へ はいっていった。
でも、森で どうしたらよいか わからなかった。
ほらあなの 前で かんがえた。
これから どうしたらよいかを。
くまは 長いこと すわりこんだ ままだった。
なにか だいじなことを わすれてしまったらしいな
と くまは おもった。
はて なんだろう?
・・・
冬眠から覚めたくまは、周囲の環境の変化のなかで、自分をくまとして認めてくれない状況に巻き込まれました。くまにとって、まわりはみんな、よそよそしいものになりました。くまは、工場で働きだしましたが、非くま(人間)的状態・状況に陥ります。
冬の訪れとともに、くまは眠りたくなってきました。くまの自然性があらわれてきます。それが原因で、工場をやめさせられますが、くまは自然にもどります。しかし、「なにか だいじなことを わすれてしまったらしいな」と思っています。しかし、それがなんだか分かりません。
くまは、もう以前のくまではありません。本来持っていた「なにか」を失いました。くまに託して、現代の「人間疎外」の状況を批判的に表現しています。でも、別の面から見れば、くまは、あたらしい自分になったのではないかと思います。
・・・
※『ぼくはくまのままでいたかったのに……』 イエルク・シュタイナー作、イエルク・ミュラー絵、おおしまかおり ほるぷ出版 2024年新版(1978年初版) (2024/11/27)