
作者のさめた目と人間観を感じる絵本です。
むかし、
ワルターという びんぼうなおとこが いました。
かれは、リンゴの木を 一本持っていました。
しかし、
まだ ひとつも 実がなったことが ありませんでした。
ワルターは、こころをこめて 祈りました。
「ひとつで いいから、うちのきにも リンゴが なりますように」
春
しろい花が ひとつ さきました。
ワルターは たいせつに そだてました。
夏
ちいさな実に なりました。
ワルターにとって すばらしい 毎日でした。
秋
おおきな りんごが できました。
ワルターは、市場に 運びますが、
ワルターの りんごを 相手にしません。
「これが りんごなんて うそをつくな」
ワルターの りんごは、あまりに 大きかったのです。
このころ、
緑色をした 八ぽんの 足をもつ リュウが
この国を 荒らし まわっていました。
王さまは、ワルターのりんごを 贈り
この ばけものを なだめることにしました。

大食いの リュウは、がつがつ りんごを 食べました。
しかし、あわててたべた リュウは、
りんごが のどに 詰まり、死んで しまいました。
みんな 救われました。
ワルターは、こう 祈るのでした。
「ふたつで いいから、リンゴが なりますように。
ちいさな リンゴで いいのです。
かごに はいるくらいが ほしいのです」
・・・
「ひとつで いいから、うちのきにも リンゴが なりますように」という望みが叶ったのに、できたりんごは、とてもなく、おおきな、おばけリンゴ。リンゴは売れません。幸せになれないどころか、ワルターの頬はつちいろ、心は灰色になってしまいました。前よりも不幸のワルターです。自分の願望を達成したのに、不幸になったワルター。逆説的な人生の真実です。
リュウを退治することで、みんなが救われましたが、ワルターは、前と同じような願いをするのです。「ふたつで いいから、リンゴが なりますように」。これが人間なのかもしれません。
・・・
※『おばけリンゴ』 ヤーノシュ作、矢川澄子訳、福音館書店 1969年 (2025/2/13)