ふるはしかずおの絵本ブログ3

『あるひ あるとき』- 戦時中の大連でのこと

作者のあまんきみこさん(1931年生まれ)は、戦時中の子ども時代を満州の大連ですごしました。その思い出が、色濃く反映しているおはなしです。

     

       

幼いとき、

わたしは、「ハッコちゃん」と言うこけしを大切にしていました。

      

      

ハッコちゃんは、

父からもらった、日本のおみやげの こけしでした。

ハッコちゃんは、

片目の墨が ながれかけたような 泣き顔を しています。

ともだちの家に 遊びにいくときも つれていきました。

空襲警報のときは、ハッコちゃんといっしょに 防空壕にはいりました。

   

    

 あつい夏に せんそうが おわりました

    

    

敗戦の日から

ふた冬を 大連で すごしました。

大連の冬は、零下10度まで さがることがありました。

    

父と母は、

家のものを 売りに いっていました。

売れないもの、売れなかったものを ストーブで 燃やしました。

つくえ、いす、タンス、たな、琴・・・

     

ハッコちゃんは いつまでも いっしょに いました。

 

 よかったね。

 よかったね。

    

    

引き揚げの日が きまった時

母が いいました。

    

 「ハッコちゃんは、つれていけないのよ」

 「えっ」

  

 わたしは ちょっと なきました。

 ええ、わかっていたのです

 父と母の、たいせつなものが、 

 ストーブでもえるのを まいにち 見ていましたから。

     

     

出発の日

ハッコちゃんを 父に わたしました。

そのあとのことは おぼえていません。

    

     

 ストーブのなかで、ごおっと ほのおの音が した・・・

 そのことだけ、よみがえってきます。

     

           ・・・

おばあさんになった「わたし」が、子ども時代の「わたし」のことを思い出しました。大切にしていた「ハッコちゃん」をストーブで燃やすという体験は、ふかく心に残る記憶です。「わたし」のこころにおおきな影響をあたえたました。

   

    

また、「ええ、わかっていたのです」という文に典型的にあらわれていますが、ちいさな「わたし」と、年をとった「わたし」がかさなった表現です。「わたし」は、現在と過去の「わたし」がかさなった複合視点です。

     

  

おはなしは、いま近所のユリちゃんを寝かしつけているところから、戦時中の大連の話になり、もう一度、ユリちゃんに毛布をかける現在に戻ります( あらすじ紹介では現在の部分は省いています )。

現在、過去、現在のはなしで構成された「額縁構造」になっています。寝かしつけているユリちゃんと過去の「わたし」がかさなります。この構成には、ユリちゃんの幸せを願う「わたし」のつよい思いを感じさせます。

     

         ・・・

※『あるひ あるとき』 あまんきみこ作、ささめやゆき絵、のら書店 2020年  (2025/3/26)

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